自信ありげな様子から察したとおり、それなりに場数は踏んでいるらしい。 エレベータのドアが閉まると、すぐに求めてきた秀吉のキスは慣れた感じだった。 もぐりこんできた舌に前歯の裏を舐められる。 くすぐってえ、と口の中で呟いたら、その言葉ごと奪い取るみたいに唇が重なる。 薄く目を開けると、目の前にあるのは秀吉の耳。 3つ並んだピアス穴には、銀色の小さな輪が、身じろぎするたび、ぶつかり合ってちりちり音をたてた。 阪東は、こういうことしなかったよな。 密閉された箱の中に2人きり、煙草くさい15歳の唇を味わいながら、サイテーなことを俺は考える。 阪東は、もっとガツガツしてて、お前がほしいって、ガキみたいな欲望がむき出しで。 こういう、手管みたいなキスはしなかった。 唇を離して、撫でつけられた長い髪の頭を両腕に抱きこむ。 阪東のそれより2つ穴の多い耳朶を甘く噛むと、 「…もっと集中しろよ」 俺の胸のうちを見透かしたように秀吉がささやいた。 「部屋についたら集中してやるよ」 黒いシャツの肩を突き飛ばして皮肉っぽく笑いながら、壁に貼られたチラシを見てた。 エレベータの壁に貼られた、ファミレスのデリバリーサービスのチラシ。 こんなものでまた思い出すんだ。 俺と一緒にいる間、阪東はピザばかり食っていた。 その理由がバカで。 ピザがうまいとか他のものがまずいとかじゃなく、箸もフォークも使うのが面倒だから、手づかみで食えるものがいいなんて。 サルかよって俺は言った。 そしたら阪東は、サルはあいつだって。 そのあいつは春道で、阪東の言い方がツボにはまって、俺は大いにウケた。 春道=サルが、阪東の中であまりにもナチュラルな決定事項みたいで。 「なあ」 そんなことを考えながら壁にもたれてぼんやりしてると、反対側の壁にもたれた秀吉が俺を呼んだ。 ひどく苛立った様子で。 革靴が何度も床を叩く。 クソ悪い態度にムカついたけど、気持ちはよく分かる。 だって、今から2人でセックスしようっていうのに、俺がずっと考えてるのは阪東のことで。 キスしても抱き合っても、究極的には秀吉を無視してる。 それが、秀吉のムダに高いプライドを傷つけることは百も承知で。 でも、もともとはこいつが俺の弱味(だと秀吉は思っている)を握って、それをネタに迫って生まれたのが今の状況なわけで。 だから、俺が他に気を取られてることに秀吉が怒るのはバカだし、それで別に秀吉に悪いとか俺が思う必要も、本当のところない。 チン、と古い電子レンジみたいな音とともにエレベータが止まって扉が開く。 その先に続くのは、カーペットに靴の底が沈む廊下だった。 つきあたりの部屋で、ルームナンバーがチカチカ点滅して、ブラックライトに時間の感覚を失いそうだった。 秀吉は俺の腕を掴んで、長い廊下を進んでいく。 俺に振り払われても掴みなおして、何度も。 俺は、秀吉に腕を引かれて歩きながら、息がかかるほど近くにある横顔を見た。 高3の平均に満たない俺よりも、ほんの少し背が低い。 その横顔の、特に皺の寄った眉間のあたりの、せっぱつまった感じ。 その感じは悪くない、と思った。 癇症な子供のような顔。 もしかして、お前の余裕はフェイクか?と俺は思って。 「桐島さん?」 廊下の真ん中で、思わず立ち止まった。 声は違う、ただ、俺を呼ぶときの調子が同じ。 秀吉は阪東に似てる。 気づいてしまえば、何でもない、バカみたいなことだ。 秀吉と初めて会ったのは、阪東と最後に別れた直後だった。 中坊で生意気で性格が悪そうで態度が悪くて俺様で、ムカついた。 ムカつきながら、でも、俺が感じたのは別れて1時間も経っていないのに、もうめまいがしそうな懐かしさだった。 だから、俺はきっと最初から気づいていた。 多分、写真を持ってきたのが秀吉以外の奴だったら、殴って終わりだった。 ばら撒きたきゃばら撒けって言ったと思う。 今さら確認するまでもない。 だから脅されたから嫌々とかじゃなくて、俺はきっと秀吉に抱かれたい。 まだ阪東のことが好きだから。 阪東のことが好きだから、阪東じゃない、でも、阪東に似てる男に抱かれたい。 バカすぎて、ちょっと笑えてきた。 もう、開き直るしか。 「行こーぜ」 秀吉を促し、再び歩き出す。 立ち止まった分の時間のロスを取り戻すように、駆け足に近い早足で。 俺の態度が急に変わったのに、秀吉は気づいたみたいだったけど何も言わず、ただ、腕をつかんでいた手が少し下がって手を握った。 クリスチャンの祈りのように、指と指とを組み合わせる。 お前が教えたセックスで、お前に似た男と寝てやる。 負け惜しみみたいに思いながら部屋に入り、開口一番、俺は言った。 「ヒロミって呼べ」 驚いた顔がやっぱり似てる。 そして、俺は俺をバカだと思う。 今だけ好きだと呟いて、自分からキスをした。 |