my very own


 ヒロミが初めて阪東と寝たのは高校2年生の冬。
 卒業直前の阪東に、その日も学校帰り、自宅につれ込まれた。
 阪東の部屋に入って、落ち着く間もなく引き寄せられる。
 この男がせっかちなのはもう分かっているから、ヒロミも無駄に抗ったりはしない。
 おとなしく腕に抱かれていると、阪東は気をよくしたらしい。

「最初からこんなふうにしてりゃ、ずっとかわいがってやったのによ」

 そう言って、ヒロミの髪を掻きまわすみたいに撫でた。

「最初っていつだよ?」

 また床の上かよ…とうんざりしつつヒロミは返す。
 阪東は、部屋の入り口からベッドまでの短い距離が、どうにも待てないらしい。
 硬い床の上に思い切り倒された体が痛い。
 下になる方はたまったもんじゃねえ。
 ヒロミは目つきを険しくして阪東を見た。

「お前らが鈴蘭に入ってきたとき」

 けれど、阪東は、ヒロミの心の声には気づかない。
 見た目よりもずっと繊細な男だけれど、あいにく、その種の繊細さとは無縁である。
 ヒロミの頬に手を伸ばす、嬉しげな顔がやたらと癇に障って、ヒロミは阪東の手を振り払った。

「ふざけんなテメー」

 この男には近頃あまり見せることのない、皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「俺が入ってきたときって、それじゃ公衆便所にされるのがオチじゃねえか」



 鈴蘭高校には、真正のゲイは多分あまりいない。
 ただ、そこは女に縁のない男子校である。
 男でもやらしてくれればいい、と思う奴は大勢いるらしかった。
 特に、ある程度見られる面をした1年生で、一度でも誰かにやられたことのある奴は危ない。
 男でもいいという奴らから、こいつはそういうことをしてもいい相手だという目で見られるのだ。
 血の気の多い中には、思い込みを実際に行動に移す奴だって少なくなかった。
 1年のとき、ヒロミと同じクラスに、1つ上の先輩たちが中心の一派の中で、皆から女のように扱われている同級生がいた。
 女扱いなんて生易しいものじゃない。
 完全に共用の便所だった。
 どう見ても普通の男にしか見えなかったので、ヒロミは不思議だった。
 その同級生が、そんなふうに扱われだしたのは、その一派の頭を張る2年生と、ふとしたことから関係を持ったことが原因らしい。
 ふとしたことで関係ってどういう状況だ?と、思わないでもなかったが、今となっては何となくそれも分かる。
 そいつは、1学期の終了を待たず学校を辞めていった。


 そんな鈴蘭の、いわば裏事情は、もちろん阪東も承知している。
 ヒロミが高校に入学した頃、阪東は校内で一番大きな派閥のボスだった。
 当時のヒロミが阪東に持っていたのは、あらゆる意味で好きとは真逆の感情で、だから、阪東のいう、「かわいがってもらう」ような状況はありえない。
 それでも、もしもあのとき、阪東と自分が今のような関係になっていたら…と考える。
 思わず身ぶるいがした。
 1人2人なら軽くねじ伏せる自信はあるが、大勢で向かってこられるとなると少しきつい。
 性欲が男のエンジンにターボを搭載させることは、ヒロミだってよく知っている。
 しかも、あのときの阪東なら、ヒロミが「させる」ことを大勢にバラした上で、好きにしろ、くらいのことは言いそうだった。


「ああ?バカかお前」

 けれど、ヒロミは阪東のことを見くびっていた。
 正確にいえば、阪東の自分に対する執着を。

「公衆便所になんてしねえよ」

 そう言って、阪東はおもしろくもなさそうにヒロミの頭を小突いた。
 ヒロミは知らないが、昔、100人からの手下がいた頃にも、阪東は自分以外の人間がヒロミに手出しすることを決して許さなかった。
 もちろん、ヒロミの側にポンやマコのいる状況で、大勢の兵隊をつれてケンカをしたことはあるが。
 あのガキは俺がやる、というのが口癖で、嫌悪しつつも3代目武装のやり方に染まっていた阪東の、それだけは周りも不思議に思っていたらしい。
 阪東の言う「やる」が、殺すの意味でも犯すの意味でも、その態度は傍目に異常だった。



 怒りなのか欲望なのか、ヒロミに見くびられて、阪東のスイッチが入ってしまったらしい。
 足払いで床の上にヒロミを倒し、その上に圧しかかった。
 指の長い阪東の手が、ヒロミのシャツの裾にかかる。
 ヒロミの服を脱がせるとき、阪東の手つきはいつも乱暴で、和姦なのに無理やりされているような気分になった。
 シャツなんか、二度と袖を通すことができないくらいに、破られることもよくある。
 それが嫌だから、ヒロミは体を捩って阪東の手を避けた。
 そして、抵抗されて腹を立てた阪東が、ますます荒っぽくヒロミを脱がせようとするの悪循環。

「俺の服が破れんだろーが!こないだだって俺ぁ学ランの下裸で帰ったんだぞ!」

 とうとう低い沸点に怒りが達して、ここが家族もいる阪東の家だということも忘れてヒロミは叫んだ。

「うるせえ!服くらい俺のやつ着て帰れ!」

 どれでも好きなの持ってけドロボー!と、阪東の沸点はヒロミ以上に低い。
 背後のクローゼットを指す。

「……マジ?」
「ああ」

 男に二言はない。
 阪東のクローゼットに入っているのは、どれも高校生にはありえないくらい高い服ばかりだ。
 それを知っているから、ヒロミの両目は思わず期待にまたたいた。

「その代わり、一発殴らせろ」

 しかし、次の瞬間、その目は一気にげんなりとした色に染まった。

「代わりの意味が分かんねえ……」

 うなだれるヒロミの前で、実に嬉しそうに阪東は拳を振り上げる。
 今度こそ破れろの勢いで、壁に激突したヒロミの襟を引いた。

「変態が……」

 キスして、切れた唇の端を舐める。
 阪東は、ついでとばかりにヒロミの鼻血も舐めた。
 ヒロミが呟くと、何とでも言え、と大きな声で笑った。


「この俺がよ、お前を公衆便所になんてすると思うか?」

 おかしそうに笑いながら、俺専用の便所だ、と抱きしめる。

「結局便所かよ……」

 うんざりしながら、でも、悪い気はしない。
 ヒロミは、鼻から出る血を手の甲で拭った。
 俺も相当の変態だ。
 そんなことを思いながら、阪東の背中に腕をまわす。

「お前は誰にも触らせねえ」

 囁かれて、骨も折れよの強さで抱き返した。







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 コミックスの1巻の、当時手下のいっぱいいた阪東が、たった1人でヒロミを襲う様にいつもドキドキします。





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