優しくしないで
阪東秀人は気まぐれな男だ。いつもは自宅にヒロミを連れこむところ、その日は突然ホテルだった。
国道沿いのラブホテル街は、暴走族の通勤路上にあるらしい。嵌めごろしの窓の向こうからは、ひっきりなしにバイクホーンの音が聞こえてくる。
「この辺だと武装だな」
唇を舐めながら、阪東が呟く。
部屋に入るとすぐ、ヒロミの学ランを毟るように脱がせた。
「寒くねーのか?」
詰襟の下に何も着ていないことに気づくと、目を細めて笑う。
下は自分で脱ぐように言われ、ヒロミはズボンのベルトに手をかけた。どうせ今更、恥ずかしがるような仲でもない。
阪東はベッドに腰かけ、おもむろにタバコに火をつけた。
下着まで脱いで全裸になったヒロミを自分の前に立たせ、剥き出しの腿を撫でる。
「脱がねーの?」
革の感触に息を詰めながらヒロミが聞くと、うすく笑って首を横に振った。暗い部屋、ゆらゆらと立ち上る煙に、ギラつく双眸が見え隠れする。
自分本位に快楽だけを得る。いつもの阪東はどこへ行ったのか。今日は珍しくヒロミに奉仕の気分らしい。
内腿から滑った阪東の手が膝をかすめ、膝裏へまわる。再び腿を伝い上がった手が、今度は尻をつかむ。双丘を割るように触れながら、けれど、決定的な刺激は決して与えない。
奉仕というより、むしろ、弄るという方が正しい愛撫。
「脱がねーよ」
もどかしさに身をよじるヒロミに、紫煙とともに吐かれた言葉の響きはつめたかった。
嘲けるようなその響きに、けれど、ヒロミは背中をふるわせる。
怒りではない。
うつむいた視線の先にとらえるのは、土足のまま部屋に上がりこんだ阪東の足。硬いブーツの爪先に、跪いてくちづけたい。そんな衝動に駆られた。
こんな、片手で触れられるだけでも感じてしまう。抱かれることには慣れても、弄られることには慣れていない。
まるで全身が性感帯になってしまったように、どこもかしこも熱かった。
唇を噛み、声を殺していると、阪東は突然ヒロミの腕を引いた。
「声出せ」
シーツの上に投げ出されて、思わず目を瞑る。と、同時に唇が重なる。
タバコの煙を口に吹きこまれ、ヒロミはむせた。自分で吸うのとはわけが違う。
ベッドサイドの灰皿に吸いさしを押しつけ、覆いかぶさってくる。阪東の顔をめがけてヒロミが拳を突き出したのは、だから、半ば無意識だった。
半ば無意識の残り半分で、きっと軽々避けられるだろうと思った。それくらいスピードの乗っていないパンチ。
けれど、阪東はそれを受けた。
まるで拳に向かって自分から突っこむように。ヒロミに向かってニヤリと笑い、切れた口の端ににじんだ血を、長い舌で舐めとる。
そのまま、再び唇を重ねてきた。歯列を割って入りこんできた舌に、鉄錆の味を移されながら、ヒロミには阪東の意図が分からない。
押しのけようと腕を振るヒロミに舌打ちを一つ。それから、阪東は、さも名案を思いついたという顔をした。
ベッドの下に落ちた、脱がれたままのヒロミの服に手を伸ばす。シュルッと何かが抜ける音がして、次の瞬間、ヒロミの目の前に突きつけられたのは、ズボンのベルトだった。
阪東はヒロミをベッドに押さえつけると、剥き出しの腕を万歳の姿勢で固定し、手首をベルトで縛った。
何重にも巻いた先を思い切り引かれると、指先がしびれる。
「動いたら絞まるぜ」
革のパンツから自分のベルトも抜いて、阪東はヒロミの首に巻いた。戒められた両手の間に十字に通し、これも思い切り。頭をつかんで自由に動かせないことを確認すると、満足げに笑った。
仰向けに固められた硬い胸を撫でられ、小さな突起をギュッと摘まれる。勃ち上がったところを軽く弾かれる。
それだけで、ヒロミの足はガクガクと、痙攣するようにふるえた。
「感じるか?」
「…感じねえ」
ヒロミの答えに頬を張り、
「嘘はつくな」
阪東は、ふいに真顔になって言った。
「お前、本当は俺に抵抗なんかしたくねーんだろ」
低く囁かれる声は、まるで呪文のようだ。
胸元から這い上がってきた顔が、鼻先の触れ合う距離で笑う。
「言い訳やるよ」
そう言って、阪東は、ヒロミの体の自由を奪うベルトに、確かめるように何度も触れた。
「お前は動けねえ」
縛られて動けなかった。本当は抵抗したかったのに、できなかった。
本当は俺に何でもされちまいたいお前に、好きに乱れるための言い訳をやる、と。囁いて阪東は、もう一度笑った。
さっきよりも更に強く、二本のベルトの先を順に引いた手が、ヒロミの視界からふと消える。
「うあっ!?」
次の瞬間、待ち望んだ刺激に、ヒロミは思わず声をあげた。
阪東の手が、ヒロミのペニスをつかんで扱く。先端を押しつぶすように撫で、竿の根元に滑った指はやがて袋へ。ヒロミが腰を少し浮かすと、その指は更に下へと滑った。
声をあげたことに気を良くしたのか、阪東は愛撫の手を休めない。
どうして今日はいきなりこんなことを。
次第にわけが分からなくなってくる頭で、それでも疑問に思い、ヒロミは聞いてみた。途切れ途切れの吐息のような言葉の意味を、阪東は理解したらしい。
「ただの気まぐれだ」
ヒロミの唇にキスをして、それから、なぜか照れくさそうに言った。
「…俺だって、たまには優しくしてやりてーって思うんだ」
それでホテルで、弄って、縛って。
滅多にない阪東の気遣いは、とりあえず素直にありがたい。ありがたく感じながら、しかし、思い切りズレているような気がしないでもない。
ズレているのは自分もだけれど。
身じろぐと、頭の上で革のベルトが、素肌を食んでギリリと嫌な音をたてた。尻の穴に指を挿れられ、もはや本格的にわけが分からない。
痛いのも快感なのだ。
俺も完全にズレている。
それでも、熱にうかされる頭の隅で、ヒロミは、阪東とは優しさの定義について、一度きっちり話し合っておくべきだと思った。
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