3月、俺が上京したとき、阪東はドラムとベース、2人ともに逃げられていた。 ほんの少し前、俺を誘ったときには、確かにいた奴ら。 お前何したんだよ?って聞いたら、ウルセーと不機嫌に返したまま、ひと言も喋らなくなる。 それから再びメンバー探しを始めて、半年近く経った現在。 それは、とてもとても難航している。 人がいないわけじゃない。 阪東のギター1本、俺が絶叫するだけのライブを観て、お前らと一緒にやりたいって来てくれる奴もいた。 でも、何かダメだった。 1回合わせては喧嘩してダメになった。 別に、バンドは仲良しグループじゃなくてもいいと思う。 むしろその方がおもしろいし、俺と阪東だって、仲がいいか?と聞かれれば、熟考した上で答えはノーだ。 でも、仲は良くなくてもいいんだけど、矛盾してるかもしれないけど。 何ていうかとにかく「仲間」って感じがしない奴とはダメだ。 すごく感覚的な話。 同じ「におい」みたいなもの、そういうのがない奴とは一緒にやれない。 楽器屋の貼紙見て来た奴は、のきなみ俺がハネて、ライブ観て来た奴とは、のきなみ阪東がぶつかって。 スタジオで大きな騒ぎを何回か起こした頃にはもう、俺たちに新しく加わりたいって奴はいなくなってた。 「俺があいつら追い出してなけりゃな」 で、今、阪東はしょげてる。 知り合いの知り合いのベーシストを紹介してくれって頼んで断られた本日。 基本的に俺様の阪東がへこむのはとても珍しい。 あいつら、っていうのは俺を誘ったときの、結局俺が顔を合わせることもなかったバンドのメンバーたち。 ていうか、お前やっぱり追い出したのかよ。 「別にいいんじゃねーの?」 窓際に両足を投げ出して座る阪東の隣に腰をおろす。 俺は手を伸ばして、下を向いた阪東の頭を、子どもにするみたいに撫でた。 いい子いい子、とついでに口に出す。 これで怒って復活してくれればいい、と思った。 でも、阪東は下を向いたままで。 金がないからクーラーのない部屋で、俺たちは、開け放った窓の端と端にもたれてた。 東京の夜は明るい。 どこか遠くでバイクの音がする。 何か飲むか?って聞くと、阪東はいらねーって首を振った。 電気は点けてないから、俯いた表情はうかがえない。 だけど、しょげてることだけはよく分かった。 「俺は別にお前と2人でも全然いーよ」 囁いて、少しだけ距離を詰める。 阪東はやっと顔を上げて俺を見た。 「お前のギターは最高だ」 半分は阪東を励ますためだけど、半分は本音だった。 その性格と同じに暴力的な阪東のギター。 うねる音に乗っかって、声を限りに叫ぶ。 ステージの上で、ネズミ花火みたいにくるくる回りながら。 歌っているとき、頭の中にはいつも「自由」とか「解放」とか、そんな言葉がぐるぐると回る。 その瞬間が、俺にとっては最高だった。 「まだ、『俺にとっては』だけど」 お前ってサイコー。 そう言って、阪東の頬を撫でる。 俺ほどじゃないけど、こいつも髭がうすい。 ちょっと目を細めて俺を睨む。 引き結ばれた口が、不貞腐れたガキそのもの。 いつまでも子供のままの顔。 そこが好き。 少し昔の話をしよう。 中学時代、俺は家庭カンキョーとか思春期の何かとか、多分そういうので道を踏み外した。 すごくステロタイプの不良だった。 親御さんが気をつけてあげてください、って生活指導の教師に言われれば何とかなる感じ。 グレるのにもキレるのにもちゃんと理由があって。 「狂犬」って呼ばれても底が浅くて。 それがすごく嫌だったってわけじゃないけど、でも、春道とか見てるとやっぱり羨ましく感じた。 衝動のままの暴力、生まれながらのアウトローが、かっこよくて、まぶしかった。 で、阪東は、どっちかって言えば、俺よりも全然春道側の人間だった。 命がけの抗争の相手でも、究極には嫌いになれなかったのは、きっとそのせいだと思う。 鈴蘭がほしい鈴蘭がほしいって、ガキが駄々こねてるみたいに。 春道に負けて武装にやられて全部なくして、でも変わらない。 バカなガキのままで、勝てない喧嘩にもつっこんでいった。 理由なき反抗とか、そういう古くさいやつ、本当は大好きなんだ。 本当は大好きなんだけど、いつか阪東に指摘されたとおり、俺は理由がなくちゃ動けない奴で。 でも、指摘したのはお前のくせに、阪東が、俺がそれだけの奴じゃないってことに気づかせてくれた。 初めてのライブのときだ。 阪東は半ば無理やり俺をステージに立たせて、マイクを持たせた。 爆音のギターが後ろから聞こえて、思わず振り返ったら、振り返んな!!って怒鳴った。 振り返んな!!振り返んな!!振り返んな!!って。 その声が、頭の中で何度もリピートされて。 それで、何かプチッと。 奥の奥で、何かが切れたみたいな音がした。 その音は確かにした。 気がついたら、俺は埃だらけの舞台の上で、ころがりながら吼えていた。 すげー解放感。 あまりの気持ちよさに震えていたら、いつのまにか阪東が横に来てた。 阪東はサングラスをかけてて、視線を合わせるのが色つきのレンズ越しなのがもどかしくて、むしり取った。 手の中で握りつぶして、ぐしゃぐしゃになったそれを見せると、楽しくてたまんねえって顔で阪東が笑った。 すげー解放感。 すげー気持ちいい。 これだ!!って思った。 プロ志向のくせにって言われるかもしれないけど。 だから、あの感覚を共有できそうにない奴とは、一緒にやれなくてもいい。 俺が阪東に2人でもいい、って言ったのはそういうわけで。 でも、全部説明するのは面倒だから、説明する代わりにキスをした。 「ていうか、メンバー集まんねーの、半分は俺のせいだし」 お前が1人で背負う必要ねーだろ? 唇を離すと、阪東はうらめしそうな顔をする。 「俺は…」 お前に頼られたい。 かっこいーって思われたい。 不機嫌この上ない態度で、それだけ言う。 金魚みたいに口をパクパクさせる。 「なっさけねー」 笑うと、長い腕が伸びてきて、抱きしめられた。 「笑うな」 阪東の声が体越しに、振動として伝わってくる。 「笑うよ」 そういや、確かにあのときの阪東はかっこよかった。 あのときっていうのは、俺をバンドに誘ったとき。 1年近く連絡なくて、突然横浜に来い、で。 行ったら、ロックンロールで世に出よう、だもの。 メンバーは俺が用意した、歌え!だもの。 身ひとつで嫁に来い!みたいな、あれは本当に、笑っちゃうくらいはっきりプロポーズだった。 1年ぶりの阪東がすごい頼りがいのある、すごいかっこいい大人に見えて、正直あのとき俺はくらくらしたけど。 でも、あんまかっこよくなんないで、って今は思う。 バカで情けねーガキのままでいて、って。 多分、そういうお前の弾くギターだから、俺は俺なのに高く飛べる。 俺を飛ばして、阪東。 でも、そういうの、言葉にしたら嘘になりそう。 だから、言葉にする代わりに俺はもう一度キスをした。 目を閉じた阪東の顔がとてもかわいい。 焦んなくていい、俺は一生お前につきあうつもりだから。 |