もうひとつのアンサー
俺、友だちつくるのって結構得意。人見知りとか無いし。
だから、その日、うちの学校の近所をうろうろしてた、河村くんに声をかけたのだって、別に深い意味があってのことじゃない。俺にとっては普通のこと。
「千石?」
河村くんは青学の子。テニス部。びっくりしたみたいに、目をぱちぱちとさせる。
レギュラーで、夏の都大会ではうちとの試合にも出てた。多分、ダブルス。
でも、俺が観に行った関東大会の氷帝戦では、シングルスだった。これも多分。俺の記憶が正しければ。
俺の頭が悪いんじゃないよ。正直、彼はそんなに印象の強いタイプじゃないんだ。
あ、でも今思い出した。河村くんってバーニングの子だ。テニスコートで、ラケット持ったらバーニング!って。
思い出した思い出した。一瞬だけだったけど、あれはうちの部でもちょっと流行った。
そっか、河村くんはバーニングか。
何か、あんまり違うから分かんなかった。ていうか、あんな派手な技持ってて印象薄いって、ある意味、うちの地味’sより不幸かも。
そう思ったら、俺は急に河村くんがかわいそうになった。かわいそうになって、河村くんを頭のてっぺんからつま先まで、子細に観察する。
子細に、って頭良さそうでしょ?南に教えてもらったんだ。南、何でか難しい言葉とか、やたら知ってるんだよね。さすが地味だよね。
というわけで、俺は、河村くんを子細に観察した。じろじろ見られて、河村くんは居心地が悪そうだったけど、かわいそうな奴って好きなんだ。
「千石?」
河村くんは、太い眉毛のお尻の方をぎゅーっと下げて、困り果てたみたいな声を出す。意外と目が大きい。っていうか、黒目が大きい。
何て言うか、犬の目みたいなんだよね。捨て犬というか、子犬というか。両方かな?捨てられた子犬。シチュエーションは雨の日。拾うのはやっぱり不良だよね、ってことで、想像の中で亜久津にご登場を願った。
亜久津。
「亜久津?」
俺が大声をあげると、河村くんは、俺の倍くらいありそうな(大げさに言った)広い背中をびくりと震わせた。
そう、亜久津。
すっかり忘れていたけど、河村くんは、都大会が終わった直後、うちの学校に来たことがある。亜久津を探して、だ。何だか幼なじみらしい。不思議な組み合わせだな、ってそのときは覚えてたけど、しばらくしたら忘れちゃった。
そうそう、亜久津。
河村くんは、もしかしたら、今日も亜久津に会いに来たのかな?
「あの、亜久津、今日は学校に来てるかな?」
俺が聞く前に、河村くんが聞いた。
河村くんは背が高くて、それなのに、下から見上げるように俺と話す。何かな?上目づかいがクセなのかな?
俺は、亜久津とはクラスが違うけど、亜久津が今日学校に来てたことは知ってる。亜久津のクラスの奴が話してたから。ついでに言うと、登校してたら噂になるくらい、それくらいしか、亜久津は学校に来ていない。
何でだろうね?学校に来ないとか、そういうの。
こうやって、河村くんも心配してるのにね。それから、あの、かわいいお母さんも。
かわいいと言えば、河村くんもかわいいよね。って、俺がじゃないよ。亜久津から見たらさ、きっとかわいいんだと思う。
前に河村くんが亜久津に会いにうちの学校に来た次の日、亜久津は珍しく朝から登校してた。
河村くんが来た日は、亜久津は休んでたから、俺は教えてあげたんだ。
「亜久津が休んでる間に、青学の河村くんが来たよ。河村くん、亜久津に会いに来たんだよ」
そしたら!あのときの、亜久津の、顔!
人があんなにびっくりした顔するの見たの、俺、初めて。すごいの、亜久津。マンガみたいにさ、目がぴょーんって飛び出るかと思った。
それで、俺が河村くんのこと、亜久津の友だちって言ったら、今度はすっごい恐い顔して、違うってさ。
いやもう、ホントに。俺、動体視力とか良いからさ。俺の目はごまかせない。
まあまあいいからお2人さん、座んなよ、って感じだった。ほら、お見合いでさ、ホテルのレストランとかでさ。お話もだいぶはずんで、それじゃ、後は若い人同士で、ってマッチメイカーのおばさんが、って感じ?ちょっとわけわかんないかな?
とにかく、俺は、河村くんに、今日亜久津は学校に来てて、多分まだ校内にいるってことを教えてあげた。そしたら、河村くんはすっごく嬉しそうな顔をして。
そのとき、ちょうど亜久津が校舎を出てくるのが見えた。
「亜久津ー」
俺は手を振る。
亜久津はこっちを見て、俺と、それから河村くんに気づいたみたい。
どんな反応していいのか分からない。怒っていいのか喜んでいいのか本人も分かってない、みたいな顔をしている。俺たち2人を交互に見てた。
そんな感じ。
「亜久津!」
河村くんは、さっきまでの突けば泣き出しそうな雰囲気もどこへやら。多分、テニスでバーニングなときでもこんな速くないよ、って速度で、亜久津に走り寄っていった。
亜久津は、何しに来やがった!とか怒鳴ってるけど、そんなんじゃ全然!俺の目はごまかされない。満更でもない、って顔してる。ていうか、明らかに嬉しがってるよね。
それで。
何か2人はもう俺のことなんか目に入ってません、みたいな感じで、一緒に帰っちゃった。いや、河村くんには、千石ありがとう、って言われたけどね。亜久津には、何故か、千石コロスって目で見られたけどね。何でだ?
それで。
俺は校門のところで手振って。だって、これで2人と一緒に帰ったら、俺完全に空気読めない奴じゃない?
うちの白い学ランと青学の黒い学ランの背中が見えなくなったところで、くるっと半回転。校舎に向かってダッシュした。
別に、寂しいとかじゃないよ?誰か、女の子とか呼んで遊んでも良かったんだけどね。
あいつのことだからきっと、部活の仕事がなくなっても、クラスだの委員会だのの仕事で、まだ学校に残ってるに決まってるって思ったんだ。
「南ー!!」
大声で叫びながら、教室のドアを開けるとビンゴ。俺ってやっぱりラッキーだな。教室の中には、南が1人でいた。
片手にはセロハンテープ。教室の備品。破れた時間割表を復活させようとしてるんだね。また地味な仕事だね。
俺は、うるせー千石!って怒鳴り返してきた南に、一緒に帰ろ?って言った。返事は内緒。ちょっとだけ河村くんと、あと亜久津が羨ましくなってやったことだから。
それで。
やっぱり、俺はラッキーだな、って思った。
アクタカさんwith千石さん。そして千南。
千石にとって、亜久津は言わば、マラソン大会で「一緒に走ろうね」って約束してたのに、自分だけ先に行っちゃった友だちである、と勝手に思っています。だから、基本的にはアクタカさんのことをおもしろがりつつ、親切にしつつ、でも、時々いじわるしたくなるような、そんな感じなのかな、と。
千南は、現時点では、千→南。千石も、はっきりと自覚しているわけではありません。テニス部の部長はテニスの妖精なので、少なくとも部長でいる間は恋はできません。テニスのジェダイ。千石には、気長に待ってもらうしかないかと。
あ、片思いはオッケーですよ跡部さん。
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